チベタン
リタンでは毎日ホースフェスティバルの会場に足を運んだ。雨が降る日も多かったく、祭り自体を見物したにのは初日ぐらいのものだが、会場となっている草原をぶらつけば色とりどりに着飾ったチベタンが見れたし、いい出会いも沢山あった。
 シャングリラでチベット族による評馬会(ホースフェスティバル)が近々行われると聞いて、それはぜひ見たいとチベット族が多く暮らしているここリタンの町にやってきた。祭りの時期ということでこの小さな町にも多くの旅行者が訪れ、町にある数少ないホテルは満室のところが多く宿探しも一苦労だった。しかもフェスティバル価格で宿代も高い。僕ら三人とチャリーが大理のバーでバイトしていたときのバイト仲間のスタンとパッド五人で四人部屋に泊まる事にしてさらに4日分の部屋代を前払いすることで、やっと今までの町と同じくらいの宿泊費で泊まることが出来た。
 フェスティバル初日の朝、会場となる草原に向かうとすでに祭り用に着飾った大勢のチベタンと旅行者の姿。さらに草原全体に沢山のテントが建てられている。この祭りの時期だけは町に住んでいるチベタンもこの草原でテント暮らしをするようだ。開会式のようなものが初めに行われ、少し時間をおいてから競馬が始まった。競馬といっても、競争するという感じではなく自分の腕をみんなに披露するという趣向のようなもので、頭を地面すれすれにまで体を傾けながら馬を走らせたり、猟銃を的にめがけて撃ったりというようなものが多かった。チベタンの男は髪が皆長く、馬に乗るその姿は本当に勇ましくかっこよかった。それが終わると、チベタンの踊りがあったりというような流れで午前は終了。午後も同じように競馬と踊りで終了した。
 その日競馬を人ごみにまみれて見ているとき僕らは一人の女の子に出会った。どういうきっかけで話したかは忘れてしまたが、ナタリーはその子と少し言葉を交わしてその女の子の写真を撮った。その子はその写真が欲しいといったが、僕らはその町にデジカメを現像できるところがあるか分からなかったので、その場は「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない」とあいまいな返事をして、僕らは分かれた。その後その草原にカメラ屋が出店しているのを知り(すごいいいサービスだと僕らは感動した)、僕らはもしまた女の子と逢えればここに連れてこようという話しをした。その数日後運良く女の子見つけることが出来たので、女の子と一緒にいたお母さんをカメラに連れて行き写真をプレゼントすると、二人は僕らを自分達が住んでいるテントに招きいれてくれ、チベタンのお茶「バター茶」をご馳走してくれた。ヤクという牛のようなヤギのような動物の乳から作るバターと、塩とお茶葉で作るお茶は高山病にいいらしい。しかしお茶がしょっぱいのは受け入れがたく正直あまりおいしくなかった。部屋には家族のほかに親戚達も入ってきてお互いの国での生活のことなどを話した。チベタンも今は中国語を話せる人が多く(必ず覚えないといけないらしい)、ナタリーを通してコミニケーションも簡単に取れることが出来た。チベット族のように漢民族以外の人たちは子供は何人作ってもよく、この家族も子供は2人。親戚の子供も遊びに来るので、家族はいつもにぎやかだった。僕らは彼らのテント野中にインドに亡命中のダライラマ14世の写真が飾られているのを見とつけた。中国ではダライラマ14世を信仰すること、写真を持つことすら禁止されているが、彼らのダライラマ14世に対する信仰は厚く、中国政府なんか怖くないと語っていた。
 僕らは前からこの草原でチベタンの人たちと同じようにキャンピングをしたいと思っていたので、次の日からこの家族のテントの隣に僕らもチャーリーが持ってきているテントを張って生活することにした。「ご飯が無いときはいつでもおいで」と言ってくれたり、みんな本当に親切にしてくれ、遠慮なくその日の夜ははご飯をご馳走になった。いつも食堂で食べるのと違って、ひさしぶりb食べた家庭の味はすごくおいしかった。
 その日テントで一泊したわけだけど、4000mの高地ともなれば夏とはいえ朝夜はかなり冷え、さらに雨も降っていたので凍える夜を過ごすことになった。この気候に慣れていない僕らはあまりの寒さに結局1泊できず次の日にはテントをたたんでまたホテルに戻ることにした。さらにその次の日にはVISAの残り時間もあまり無いことからその町を出ることにしたので、この家族との付き合いもほんの少しの時間でしかなかったが、みんなの優しさや笑顔に触れとても幸せな気持ちにしてもらった。この家族以外のチベタンも町を歩いていると「ハロー」と笑顔で声をかけてくれる人が多く、フレンドリーで笑顔の素敵な人が多かった。この町での出会いがチベットへの行くことをさらに楽しみにしてくれた。
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by kazuki-ishihara | 2005-08-06 21:19 | 中国~チベット
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